走るだけ走って、もう大丈夫だと判断した彼は、仲間に止まるように合図しようとして、自分が一人なのに気が付いた。
「?!」
「全滅させなきゃ、またまた襲ってくるんですよねぇ、貴方達」
 動揺する彼に、何処からともなく女の声が響く。
「まぁ、ネスティさんが街中で召喚術を使って貴方たちを一掃したら大騒ぎになりますし……どうせ貴方達はあの人に命じられたのでしょう? 隙あらばネスティ・ライルとトリス・クレスメントを殺せ……と」
 困るんですよねー。という女の声は、いくら探っても出所が掴めない。
「まぁ、あの人を追い詰める材料にはなりそうですし――捕らえさせてもらいますよ」
 いきなり背後から来た声に、彼が振り返るより早く、鳩尾に強烈な一撃を食らって彼は気を失った。
 モーリン宅に戻ってから、ネスティは急いで自分の部屋に入ると扉を閉めた。 
 本来なら鍵も閉めたいのだが、この家にそんなものはない。
 やや落ち着かなさそうに周囲を見てから、改めて自分の脇腹を見た。
 裂けて血に染まった服から赤い裂傷と、己が融機人であるという証明が見えた。
 脇腹の部分が特に鋼が密集しており、逆に肉が少ない。
 そのお陰で、傷は思ったよりも浅く済んでいた。
 止血を施し、服に地をつけたまま歩き回るわけにも行かないので、着替える事にする。
 シャツを脱ぎ、代えの服に袖を通していると、扉の前で浮遊していたライザーが電子音を発した。
 振り替えるまもなく、予告も無しに派手に扉が開いた。
 扉の前にいたライザー、否応もなくドアに巻き込まれ、あわやドアの下敷きに。
「ネス、いるー? ……って、あら??」
「…………」
 入って来たのはトリス。ネスティはシャツを着ている途中の状態で硬直。
 彼はドアにはさまれたライザーに呆然となっていたが、それ以上にぽかんとしたトリスの表情に気がついて、己の今の状態を思い出した。
「き、着替えてたんだ? あはははははは……」
「……! ノックぐらいしろ?! この、粗忽者!!」
「きゃあああっ! ごめんなさーい!」
 慌てて後ろを向くトリス。その間にネスティは着替えを済ませた。
「もういいぞ……まったく」
「ご、ごめんってば」
 言葉と裏腹に反省した様子のまったくないトリスに苦笑しながら、ネスティは首の肌を隠している襟に手をかけた。
「ネス?」
「まぁ、いつまでも隠し通せる物でもないからな。いい機会だから見せておこう」
 できれば、ずっと隠しておくつもりだったけど。
「これが……僕の融機人であるという証明だ」
 襟が引き下げられ、白い体と機械の鋼が融合した、異形の肌が露わになる。
 驚きのためか、目を大きくするトリスに、ネスティは自嘲の形に口元を歪めた。
「君達から見たら、かなりグロテスクな姿だろう?」
「そんな事ないよ?! 」
 途端にぱっと顔を上げるトリス。
「確かに、ちょっとびっくりしたけど、でもネスはネスよ。あたしは気にしないわ……それにね、これはこれでカッコいいかも? なーんて思ったりなんかして」
「トリス……」
 笑いながら、冗談交じりに言うトリスに、ネスティは驚きを覚えていた。
 嫌悪。忌避。恐怖。
 少なくとも、そんな感情が浮かぶと思っていたから。
 今までだって、この体を知る人は自分に蔑みと痛みしか与えなかったから。
「あのね、ネス……」
「?」
 見れば、トリスはなにやら言い出しにくそうな顔をしている。彼女にしては珍しい反応だ。
 トリスはそうしてしばらくもじもじしていたが、やがて顔を上げ――
「――ってソコ! なに見てんのよぅ!」
 背後の開きっぱなしのドアから覗くギャラリーに気がつき、指差して喚くトリス。
「ほら気が着かれたじゃない、フォルテ」
「ふぅむ、誰のせいかなー?」
「ア・ン・タ・よっ!」
 打音
「うーわー……フォルテ、吹っ飛んじゃったよ……」
「ら、乱暴はいけません、姉さま!」
「そうですよ、ケイナさん……」
「ふんっ!」
「おいおい、何とやらは犬もくわねえぜ」
 わいわいがやがや
 こんなにいたのか、と思う位の大量の出歯亀達に、トリスは顔を真っ赤にして部屋を出て行った。
 ネスティは追いかけなかったが。
 ただ、観衆のなかにシオンとリューグ、シャムロックの顔を認め、床でなにやらビープ音を発しているライザーを見て、ネスティは訳もなく情けない気持ちになって深く嘆息した。
 ずんずこ歩いて、自分の部屋について、トリスは真っ先にベットに向かい、そこに倒れこみ、悶えて転げまわった。
(もう、もうもうもうもう! あたしってばナンて事言おうとしてたのよぉぉぉぉっ!)
 枕をこれでもかと抱きしめて、頭をうずめて、覗き見える顔はまっかっか。
「それどころじゃないのに、もっと大事な話があるのに……ネスに触りたい、なんて……っ!」
 言葉に出した事でさらに恥ずかしくなり、もはや奇声を上げてトリスは転がりまくる。
 乱れまくるシーツに、これじゃ後で困るのは自分だと気が着き、慌ててトリス、起き上がる。
 シーツを整えなおし、その白さに思うはネスティの肌の事。
「君達から見れば、かなりグロテスクな姿だろう?」
 そう言った彼の自嘲的な笑みを、口調を思い出す。
(ネスはアレを見せたくなくて人前で肌をさらさなかったのね)
 でも、その後に自分の言った言葉は本心だ。
「気持ち悪いなんて、思うわけないじゃない……」
 それより、嬉しかった。
 自分を隠そうとする彼が、少しだけでも自分のことを見せてくれて。
(うん、そうだよね。言葉にする前に不安がっててもしょうがない……あたし、ネスの本当の気持ちが聞きたい!)
 まずはそれからだ、と意気込むトリスだったが、次の瞬間首をひねっていた。
(でも、どうやって? さっきみたいなのはゴメンだし……ネスと自然に二人っきりになる事って少ないし……)
「むー……そうだ!」
 そう言ってトリスは起き上がり、ぱたぱたと歩き出していった。
 会うべき人はフォルテ、ケイナ。そしてアメルだ。

ーNEXT−